琴を弾いて法皇を慰めた十二人の尼僧
どんな伝承か
花山法皇が西国三十三所の霊場を再興して花山院に入ってまもなく、寵愛した弘徽殿の女御が十一人の女官を伴って訪ねてきた。しかし花山院は女人禁制で山に登ることが許されず、女性たちはやむなく尼となって麓に庵を結び、そのまま住みついた。尼たちは折にふれて琴を奏でて法皇の寂しさを慰め、それを生きがいとして生涯を終えたという。十二人の尼の墓は村の中ほど、小野街道沿いの小高い丘にあり、街道の峠は琴弾坂と呼ばれて故事が語り継がれている。尼寺の跡と伝わる場所は花山院への参道の中ほどの、老松に囲まれた平地で、いまは栗林になっている。
原典より
そして、折にふれて琴を弾じて法皇の無聊をお慰め申し上げ、自分たちの生き甲斐として世を終られた。—— 兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
兵庫県民俗調査報告8――伝説(兵庫県(編)・兵庫県民俗調査報告)
『兵庫県民俗調査報告8――伝説』は、兵庫県の民俗調査報告の一冊のうち、第10章「口頭伝承」を収めたものである。三田市の乙原・小野・尼寺・青野・末の各地区を対象に、集落の発祥や神社、廃寺、城跡にまつわる伝説、天狗に導かれたという松住大権現、狐狸の怪、狼の話などを、聞き書きと『門野氏郷土物語』などの郷土の記録から記す。伝説のあとに昔話とわらべ歌を続け、わらべ歌は地元の中学校生徒会の協力で集めた尻とり歌や羽根つき歌を載せる。