峰の薬師と天狗
どんな伝承か
津久井湖の北、山頂に建つ峰の薬師では、本尊の薬師如来が初めて祀られた十月十二日の夜に、里人が堂にこもって祈る習わしがあった。ある年のその夜、真夜中の一時か二時ごろ、どこからともなく笛と太鼓の音が風に乗って聞こえてきた。外へ出て捜しても正体は分からず、音は次第に大きくなる。一人が空を指して天狗だと叫び、見上げると、赤ら顔で鼻の突き出た天狗が数人、笛太鼓を鳴らしながら、ほのかに明るい夜空を南へ漂っていった。恐ろしくなった人々は堂に逃げ込み、震えながら夜を明かした。以来、毎年この夜には天狗が笛太鼓とともに薬師の上を飛ぶと噂されるようになった。
原典より
五反田のおとめ地蔵(愛甲郡伊勢原町) 二一〇芦の湖の九頭竜明神(足柄下郡箱根町) 二二七—— 神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
神奈川の伝説(谷川平夫(文)/読売新聞社横浜支局 編・1967年(昭和42年))
『神奈川の伝説』は、読売新聞社横浜支局が一九六七年に編んだ神奈川県内の伝説集である。読売新聞神奈川県民版に昭和四十年九月から四十二年八月まで八十回連載された「神奈川の伝説」のうち六十五回分を収め、文は谷川平夫記者が書き、伝説の地を訪ねて住職や古老に聞いた話と現在の様子を添える。樹木・石・塚・水・坂や島・屋敷址・社寺・禁忌・地名の部に話を分け、大藤時彦の序文と巻末の解説・索引を付ける。