下男が消えた淀橋の姿不見伝説
どんな伝承か
橋にまつわる言い伝えの一つ。新宿の副都心の巨大なビルのあたりには淀橋という地名が残っており、この淀橋はかつて姿不見橋と呼ばれていた。伝説によれば、昔、中野長者という大金持ちが宝を埋めるため、橋の向こうへ下男を連れて行った。宝を埋めて帰る際、その秘密を漏らされることを恐れ、橋のたもとで下男を殺してしまう。橋を渡っていった下男の姿が二度と見られなかったことから、姿見ずの橋と呼ばれるようになったという。声はすれども姿の見えぬ橋の怪と同じ型の伝説である。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
妖怪の民俗学――日本の見えない空間(宮田登・宮田登・民俗学・1985年(昭和60年))
『妖怪の民俗学――日本の見えない空間』は、宮田登が一九八五年(昭和六十年)に著した、妖怪の現れる場所を論じた民俗学の書である。柳田国男と井上円了の妖怪論、幽霊と妖怪の違い、口裂け女と産女、皿屋敷、化物屋敷と下女、辻・橋・境の怪異、怪光と怪音、七不思議、通り悪魔と髪切りを、古文献や新聞記事、各地の伝承から読み解く。四章から成り、都市の空間に妖怪が現れる仕組みを軸に据える。