渾名の神仏の例
どんな伝承か
京都の寺院に祀られた仏像には、俗称で呼ばれるものがいくつかある。寺町通仏光寺下ルの乗願寺の本尊阿弥陀仏は、前歯が露わになった作りであることから、俗に「歯仏」と呼ばれた。また御前通一条下ルにある阿弥陀仏は、もと豊臣秀吉の愛妾松丸殿が帰依したもので、秀吉が出陣のたびに笈に入れて携えた陣仏であったことから、世に「軍戦勝利如来」と称されたという。
原典より
* **齒佛**(京都、寺町通仏光寺下ル、乗願寺):本尊阿弥陀仏は前歯の露見するを以て俗に歯仏と称す。—— 迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
迷信の研究(富士川游(監修)・富士川游・医学史/迷信研究・1932年(昭和7年))
『迷信の研究』は、富士川游が東京の中山文化研究所で監修し、昭和七年二月の緒言を付して世に出した迷信の解説書である。迷信を思考の錯誤ととらえ、その発生の由来を説いたうえで、身体・精神・疾病・妊娠と出産・育児・禁厭・相法・卜占・天文と暦・犯罪などの欄ごとに迷信の事例を挙げ、科学的な説明を加える。同研究所の展覧会に使った説明のポスターをもとに簡潔にまとめ、巻末の奥書に参照した独逸と日本の文献を掲げる。