久保姫の縁組が招いた落城
どんな伝承か
岩城領の北辺にある富岡は、相馬氏との確執のためにたびたび兵火を交え、富岡城の争奪が繰り返された地である。岩城の大守重隆には久保姫という絶世の美人の娘が一人あり、伊達稙宗が嫡男晴宗の正室にと望んで、相馬顕胤が仲介の労をとることになった。ところが白河の結城晴綱もまた婚を求めたため話がこじれ、重臣会議は白河を採って伊達との約を破った。これを聞いた顕胤は烈火のごとく怒り、軍勢を催して岩城領へ侵入し、富岡・木戸・広野の砦はたちまち落城した。のち四倉薬王寺の僧が和議を斡旋し、前約どおり姫を伊達へ渡して落着をみたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説(富岡町(編)・富岡町史)
『富岡町史 第3巻(考古・民俗編)――昔話と伝説』は、福島県富岡町の町史のうち考古・民俗を扱う巻で、ここにはその第九章「昔話と伝説」が収められている。昔話の節は昭和五十八年五月の福島県教育委員会による文化財基礎調査のまとめに町の既刊の話集から数編を加えたもので、麓山の白蛇や、大原の大吉・金平六など名のある狐の話が目立つ。伝説の節には朝賀城哀話、仏浜、戊辰戦争、鉱山、北風薬師などを収め、各話に伝承者の地区と名を添える。