比丘尼のつぶやきが名となった道光塚
どんな伝承か
東内野の地内、道の端に、何体かの馬頭観音と並んで「道光塚」と刻み、その由来を記した石碑が立っている。伝えでは、昔、見沼が海のように広大であったころ、この辺りまでが水域であったという。一段高くなったこの場所には二股に分かれた大きな松があり、これを見通しの松といって、船で大宮・浦和方面から来るときの目印とし、船着場でもあった。ある日の暮れ方、一人の旅の比丘尼がここで船を降りたが、夕闇で様子も定かでなく、宿の当てもない心細さに「ここはどこの塚やら」とつぶやいた。そこから「どこ塚」「どうこう塚」となり、いつしか道光塚と記すようになったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
川口市史 民俗編――伝説(川口市(編)・川口市史)
『川口市史 民俗編――伝説』は、川口市が編んだ市史民俗編のうち、第四章「伝説」を収めたものである。六兵塚や首塚などの塚、山・池沼・樹木にまつわる話、八百比丘尼の椿、神社・地蔵・観音・薬師の霊験、地名の由来、正月の餅を搗かない家例や蛇まつり、川口の鋳物の始まりなどを、地内の地名や家名とともに記す。自然伝説、信仰伝説、歴史伝説の三節に分け、節の中を塚・山・池沼などの項に立てる。