富士の浅間を分けた浅間神社と山の神の日
どんな伝承か
この土地の浅間神社は、富士山四合目の浅間から分けて迎えたものだという。山の神でもあるので、17日には人を山へ出さず、着物を着せて朝から休ませる習わしで、21日はオカンムリヒロイの日とされる。秋元但馬守が病のため浅間へ参れなかったことから、山の神の日が17日、オカンムリヒロイが21日になったとも語られる。神社のあるあたりは宮の前と呼ばれる。家の神棚に納めるお札には『中道山浅間大神』と記されるが、中道山の名は富士山の中道から持ってきたことによるという。
原典より
秋元但馬守が病気で浅間に参詣できないため、山の神様が17日で21日がオカンムリヒロイだ。—— 平栗・加畑の民俗(山梨県都留市宝・民俗調査報告 第11号)(民俗調査報告) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
平栗・加畑の民俗(山梨県都留市宝・民俗調査報告 第11号)(民俗調査報告)
『平栗・加畑の民俗(山梨県都留市宝・民俗調査報告 第11号)』は、山梨県都留市宝の平栗・加畑の民俗調査報告である。口承文芸の章には、話者から聞き取ったかちかち山や姥捨て山などの昔話と、浅間神社の由来、山の神のユミイリとオカンムリヒロイ、天目山の落人、屋号や地名のいわれなどの伝説を収め、概観では加畑一帯で一月十四日の晩に聞こえるという「おのう」を特筆する。話ごとに一覧で分類と話者の名・生年を示し、続けて語り口のまま本文を記す。