人魚を殺して村が沈んだ御浅嶽の祟り
どんな伝承か
『諸国里人談』から引かれた話。若狭国大飯郡の御浅嶽は魔所とされ、八合目より上には誰も登らず、浅間明神に仕えるのは人魚だと言い伝えられていた。宝永年中、乙見村の猟師が猟に出ると、岩の上に寝そべったようなものがいた。よく見ると頭は人間で、襟に鶏冠のような赤いひらひらしたものをまとい、下半身は魚だった。何気なく手にしていた道具で打つと死んだので、海へ投げ込んで帰ったが、まもなく大風が起こって海鳴りが十七日続き、三十日ほどして大地震が起き、御浅嶽の麓から河辺まで大地が裂けて、乙見村は一村残らず沈んでしまった。人々はこれを明神の祟りと恐れたという。
原典より
よく見ると、頭は人間で、襟にとさかのようにひらひらと赤いものをまとい、それより下の方は魚であった。—— 井上円了 妖怪学講義(井上円了 著・平野威馬雄 編) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
井上円了 妖怪学講義(井上円了 著・平野威馬雄 編)
『井上円了 妖怪学講義』は、明治期に哲学館で講じられた井上円了の『妖怪学講義』から要所を選び、平野威馬雄が現代の文章に改めて編んだ抄録である。狐憑きや化物屋敷、怪火、幽霊、コックリなどを題材に、円了が古書から抜き出した記事、各地から寄せられた報告、円了自身の現地での調べを収める。原著の八部門のうち理学・心理学・宗教学・雑の四部門を章に立て、序で研究の経緯と分類を、結びで編者の見方を述べる。