夜ごと光る武倍山に移った石の神
どんな伝承か
福山市駅家町向永谷の高倉神社は少彦名と大己貴を祭り、二つの石の神体はもとは沼隈郡本郷にあったという。正和のころ、武倍山が毎夜昼のように明るく光った。竜王社の神体が消えていた本郷村の者が行くと、神体と白い幣があった。持ち帰ろうとすると、向永谷の里正が由来を語って、神が帰るというなら連れて行けと言ったが、神幣は大岩のように動かず、雷が山を崩すほどの大風雨になったので取りやめた。のちに本郷の里正に、自分たちを竜神と呼んで社を汚したのでこの山に来た、戻ってほしくば錦を敷いて迎えよとの神託があり、本郷側はついにあきらめたという。
原典より
正和の頃、武倍山が毎夜、昼のように明るいことがあった。—— 広島県史 民俗編――伝説の分布(広島県(編)・広島県史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
広島県史 民俗編――伝説の分布(広島県(編)・広島県史)
『広島県史 民俗編――伝説の分布』は、広島県が編んだ県史民俗編のうち、「休養と娯楽」の部に置かれた「伝説の分布」の章である。八幡信仰にかかわる聖蹟伝説や炭焼長者、厳島をめぐる石神やうつぼ船の伝説、和泉式部・虎御前・菖蒲前を語り歩いた巫女の伝説、人柱や竜蛇の伝説などを、『芸藩通志』『福山志料』などを引いて論じる。「八幡信仰の流れ」「厳島伝説の周辺」「巫女と伝説」「県北の伝説」の四節からなり、伝説の名を見出しに立てて所在地とともに述べる。