日光山で行者の錫杖が奪われる
どんな伝承か
本朝俗諺志の話。下野国の日光山は名高い魔所で、昔は二荒山と呼ばれ参詣する人もまれな荒々しい所だったが、御宮が移されてからは賑やかな山となり、怪異も薄れたという。それでも、この山の行者が夜中に新宮・本宮・滝の尾・御霊屋をはじめ諸堂を巡るとき、手にした錫杖を何者かにひったくられ、行方が分からなくなることがあった。そのときはその場を動かずにあぐらをかき、お返しやれ、お返しやれとだけ唱えてひたすら念じていると、しばらくして空から錫杖が投げ返される。これは常のことだったという。
原典より
當山の行者、夜中に新宮本宮瀧の尾御靈屋を始め諸堂順行する時持ちたる錫狀を誰こもなくひつたくりて行衛しれず。—— 動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
動物妖怪譚(日野巌・日野巌・動物妖怪譚・1926年(大正15年))
『動物妖怪譚』は、日野巌が大正六年に筆を起こし、大正十一年の跋と大正十五年の再記を添えて著した伝説の動物の研究書である。鬼・天狗・河童・人魚・雪女・龍・雷獣・狐・狸・獏・鯰・猫など二十六の項目を立て、記紀や万葉集から近世の随筆までの記事を原文の引用ごと示して起源と変遷をたどり、動物学の知識で正体を考える。總論で起原・歴史的変遷・分類などを論じ、結論では迷信から科学へ近づくことを説いて閉じる。