男墓女墓と男女で分かれる檀那寺
どんな伝承か
大分県の法華院温泉の近くに女墓と男墓を分けるメタッチウ・オタッチウがあると柳田国男が記したことを手がかりに、著者が見聞した男女別の墓と寺の例を報告した一文。千葉県市原郡湿津村勝間では、丘の上の六地蔵に続く墓地を女の墓地、そこから一町ほど奥の墓地を男の墓地と呼び、先代までは夫婦でも別々に葬ったという。著者は出羽三山に詣でた行人だけを別に葬った名残と推す。同地の満光院など、男女で檀那寺を異にする半檀家の家も多く、本寺を男、近くの末寺を女に割り当てる例が目立つとして、一家の男子を重んじる風がこの習俗を生んだとみている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
霊魂の行方(最上孝敬・最上孝敬・葬送民俗・1984年(昭和59年))
『霊魂の行方』は、最上孝敬の葬送習俗に関する論説を集め、名著出版が昭和五十九年に刊行した論集である。死者の霊を家から送り出す霊送りやカラダビ、骨掛け、男女別墓制と半檀家、無縁仏、盆と施餓鬼、葬儀の水など、千葉・埼玉をはじめ各地で聞き取った習俗と既刊の報告をもとに論じる。「霊送りとその周辺」「葬送の諸問題」「葬祭の民俗」の三章に二十八篇を収め、巻末に初出一覧、大島建彦の解説、年譜、著作目録を付す。