湯立の託宣と谷根神社の甘酒まつり
どんな伝承か
祭りは依り代に神を迎え、願いを伝えて神の意志を言葉で聞くことを本来の目的とし、古くは祭りごとに託宣が求められたとみられる。柏崎の神社でどれほど託宣の儀礼が行われたかは知りがたいが、北条山本の熱田神社で小年に行う粥占や炭置きはその名残であり、湯立も、大釜の湯を笹の葉で振りかけて身を清め、神がかりした太夫や巫女が神意を告げたものではないかと市史は推す。ついで紹介される谷根神社は明治末に三社を合祀したもので、春の祭りは四月五、六日、若い衆が傘鉾や長提灯を先頭に村中を練り歩き、翌日は太夫の祝詞と舞の奉納があり、獅子頭をかぶった若い衆が家々を廻って悪魔払いをする。秋は九月十五日の甘酒まつりである。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信(柏崎市(編)・柏崎市史)
『柏崎市史資料集 民俗篇(柏崎の民俗)――信仰と俗信』は、柏崎市史の資料集として編まれた民俗篇のうち、第四章「文化伝承」の信仰にかかわる部分を収める。柏崎市域のムラの神社とまつり、雨乞い・虫送りなどの祈願、家の神と屋敷神、民間小祠と路傍の石仏、寺と行事、修験、庚申講や米山講などの講を、聞き書きと「白川風土記」「神社明細帳」などの記録から記す。第六節「俗信」では予兆・占い・禁忌を分類して列挙し、昭和五十八年の熱田神社の年占の結果も載せる。