道臣命が語った荒深道斉誕生の因縁
どんな伝承か
荒深道斉は明治四年に岐阜県山県郡中洞村で生まれた。のちに彼を通じて多くの神示を伝える斎主道臣命が、浅野和三郎の審神者のもとで語ったところでは、その誕生には霊的な因縁があったという。道臣命は世の移り変わりを見て再び国のために働こうと願ったが、生身では思うに任せず、人に憑いても相手が次々と命を落とした。そこで自分が憑きうる強い霊をもつ者を新たに生ませようと土地と親を探し、美濃の中洞に住む志の固い親を選び、地主神と計らって生まれさせた。親が三人の男子を亡くしていたため捨吉と名付けようとしたとき、夢で道と名付ければ長生きすると告げ、道太郎と名付けさせたという。
原典より
後年彼を通じて夥しい神示を伝えた斎主・道臣命が浅野和三郎の審神者のもとに語ったところによれば、荒深道斉の出生には次のような霊的背景、因縁があったとされる。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。