神道天行居を興した友清歓真
どんな伝承か
友清歓真は明治二一年に現在の山口市で生まれた。少年時代は病弱な文学少年で、一一歳のころ神隠しにあったとも伝わる。二十代後半には政治運動に身を投じたが、大正六年に英彦山で雷鳴の中に回心を体験し、翌年大本で浅野和三郎の鎮魂を受けて入信した。大正八年に大本を離れると宮崎県の青島で禊を行い、鎮魂帰神の書を著したのち静岡の長沢雄楯を訪ねた。大正九年には帰神の場で浄身鎮魂という法を授かったとされ、翌年に神道天行居を興した。昭和二年には石城山で天啓を受けて本部をその麓へ移し、昭和二七年に没した。
原典より
一一歳のころ神隠し体験があったとも伝えられている。—— 鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論(津城寛文・津城寛文・宗教学)
『鎮魂行法論――近代神道世界の霊魂論と身体論』は、津城寛文が著し、春秋社から刊行された宗教学の研究書である。本田親徳・出口王仁三郎・浅野和三郎・友清歓真・川面凡児・田中治吾平・宮地水位など、近代以降の神道界とその周辺に現れた鎮魂行法家の系譜をたどり、その鎮魂帰神説や霊魂観をシャーマニズム研究の観点から整理する。序章と全七章からなり、第一章で行法家の群像を描き、第七章では「宗教的身体境界」の考え方によって鎮魂行法を類型化する。