捕縛に来て入門した密偵常吉
どんな伝承か
井上正鉄は天保十一年に武蔵国足立郡梅田村の神明宮の神官となり、独自の唯一神道を説いて評判を集めた。翌天保十二年には松平家をはじめとする大身の武家も、多くの貧しい庶民とともに次々と入門し、奉行所は謀反の企てを疑うようになった。江戸千住で髪床屋を営みながら奉行所の手先を務めていた伊藤常吉は、捕り縄を懐に、門人志願を装って神明宮に赴き、教えを聴いた。正鉄はすぐに相手の胸のうちを見抜き、かえって誠意を尽くして神のありがたさを説いた。その誠に打たれた常吉はたちまち悔い改めの涙を流し、自分も門人に加えてほしいとその場で願い出たという。
原典より
常吉は忽ち悔悟の涙を流して、身の不明を恥じ過去の罪を詫びつつ、どうか自分も門人の中に加えて貰いたいと、その場で申し出た。—— 近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
近代日本霊異実録(笠井鎮夫・霊異・神憑り実録・1966年(昭和41年))
『近代日本霊異実録』は、笠井鎮夫が著して昭和四十一年に昭森社から初版を出した、幕末から近代の神憑りと霊異の記録で、ここに収めるのは昭和四十八年に山雅房から出た複刻版である。金光教・黒住教・天理教・大本の教祖の神憑り、井上正鉄の求道、宮地常磐・堅磐父子や河野至道の神仙譚、天狗の弟子寅吉の話、長南年恵の奇跡などを、手記・写本・旧著を引いて語る。全十二録からなり、第一録には金光教に入信した著者の父の手記を収め、巻末にあとがきと著者略歴を置く。