巨人ダイタ坊にちなむという地名
どんな伝承か
太田窪という地名は戦国時代の文書や記録にすでに現れ、古くからの名であることがわかる。読みも当初から「だいたくぼ」であった。名の由来を語る言い伝えは今には残っていないが、巨人ダイタ坊、いわゆるダーダラボッチの伝説から来たものと考えられている。
原典より
その地名のいわれは今に伝えていないが、巨人伝説ダイタ坊(ダーダラボッチ)に由来すると思われる。—— 浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史)
『浦和市史 民俗編――伝説』は、浦和市史の民俗編のうち、第十章「伝説」を収めた部分である。調神社の片目の鯉や兎を飼わない言い伝え、日蓮上人の駒つなぎのケヤキ、見沼の竜神や笛、別所沼の大蛇、地名や塚の由来、特定の作物や弓矢を忌む家の言い伝えなど、市内に伝わる伝説を集める。旧市部から西浦和まで地区別に節を立て、見沼の伝説は一節にまとめ、章の初めに『埼玉県伝説集成』などの引用文献を掲げ、話のあとに▽印で異説や由来を補う。