弁才天と馬子
広告枠(AdSense)
どんな伝承か
馬子が乗せた美女が礼に開けてはならぬ桐箱を渡し見沼に消えた。主人が箱を開けると小判大のウロコ一枚。以後家に不幸が続き見沼一帯も風雨に見舞われ、竜神を祭ると難が去ったという。
原典より
下山口新田の厳島社(山口弁天)を祭るようになったいわれは、次のように伝えられている。—— 浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
浦和市史 民俗編――伝説(浦和市(編)・浦和市史・自治体史(民俗))
『浦和市史 民俗編』第十章所収の伝説。埼玉県浦和市(現さいたま市)に伝わる口承を採録する。
種別から探す
さいたま市の伝承
広告枠(AdSense)