宇佐八幡の託宣と和気清麻呂
どんな伝承か
京都の仁和寺に「八幡神影向図」という珍しい神画があり、扉の開いた神殿の中に大柄の僧が背を見せて立ち、二人の貴族が伏し拝む姿が、すべて後ろ姿で描かれている。僧形の者は八幡神、貴族の一人は和気清麻呂とされ、有名な宇佐神宮での神託の場面を表すという。神護景雲三年(七六九)、称徳女帝に寵愛された弓削道鏡について、宇佐八幡宮から「道鏡を皇位につかせれば天下太平になる」という託宣があったが、確認を命じられた清麻呂は「無道の者は早く退けよ」との神託を持ち帰り、怒った道鏡は清麻呂を大隅へ流したと伝える。
原典より
女帝は託宣の確認を清麻呂に命じたが、清麻呂は「臣をもって君となすことはできない。無道の者は早く退けるがよい」という神託をもって帰った。—— 呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
呪術と占いの日本史(渋谷申博・瓜生中・呪術・占い史・1992年(平成4年))
『呪術と占いの日本史』は、渋谷申博・瓜生中が平成四年に著した日本呪術史の概説書である。縄文の屈葬や土偶、卑弥呼の鬼道から中世の呪詛、近世のおかげ参りと「ええじゃないか」を経て、明治の神仏分離と修験・祈禱の禁止までを、記紀や史書の記事と民俗の断片から拾い上げる。古代・中世二章・近世の四章を小項目に分けて立て、表の歴史に現れない民間信仰を「闇」の系譜としてたどる。