頼朝落馬と俊綱の祟り
どんな伝承か
正治元年の正月、源頼朝は病で世を去った。その原因は、遠原から献上された馬に乗って上野国笠懸野で狩をしていたときに落馬し、腰骨を突いて病んだためだという。遠原一帯は昔、飛駒・下彦間を上遠原、閑馬を下遠原と呼んだ広い原野で、無数の野生馬が生息し、治承年間には源頼朝が挙兵にあたってここから軍馬を集めたと伝えられる。宇治川の先陣で知られる池月・磨墨も、この地で捕えられた馬だという。頼朝の落馬は、足利俊綱の祟りだともいわれた。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説(田沼町(編)・田沼町史)
『田沼町史 第1巻(自然・民俗編)――伝説』は、田沼町が編んだ町史第一巻から、伝説とことわざの部分を収めたものである。池や塚の祟り、神社の霊験、佐野宗綱の出陣、藤原秀郷ゆかりの鎧、義民、地名の由来、落人、寺社の縁起など、町内各地に伝わる話を地名や家名とともに記す。伝説を英雄偉人・義民・地名・落人・寺社縁起などに分けて並べ、続く節では調査員の協力で集めたことわざを五十音順に掲げる。