狐使いで追放された修験竜善院
どんな伝承か
修験による狐憑けの記録として、小井川潤次郎が紹介した一通の切紙がある。文化二年三月十九日の日付をもち、八戸藩是川村に起こった事件を記したものである。竜善院なる修験者が、修験に似合わざる儀をままし出かすので、本来ならば重き御手当を仰せ付けらるべきところ、御慈悲をもって還俗のうえ、野田境へ御追放を仰せ付ける、というのがその内容で、これがやはり狐使いの罪によるものであった。狐使いが刑せられたことは江戸近辺においても時折あったらしく、高崎侯の御領で刑された狐使いの話などが記録に残る。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。