席田郡の妖巫を高房が追捕
どんな伝承か
『文徳実録』の仁寿二年二月の条には、席田郡の妖巫の事件が見える。あらましは、席田郡に妖しい巫がいて、その霊が荒ぶり出て民を毒し害するので、代々の長官も一人として乗り込んで取り締まろうとはしなかった。ところが藤原高房はただ一騎で郡に入り、その一味を捕えたという。話は高房の手柄話になっているが、著者は、いずれにせよそうした妖巫がいて怪しいことをしていたからこそ生まれた話だろうと見ている。
原典より
大要は、席田郡に妖巫がいて、その霊が疎びでて民を毒害するので、古来の長吏も一人として行って取締まる者がない。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。