一文不知の若者が書いた孝又平
どんな伝承か
小津の村が漁場争いのさなかに祀った稲荷の狐が、のちに二十九歳の若者、塩尾新八に憑いたという。人々の集まる前で、文字を知らぬはずの新八が「孝又平」と見事な墨蹟を残す奇蹟を見せ、さらに誰それは素行が悪い、誰と誰は姦通していると名指しし、宮山を荒らすな、手水鉢を寄進せよと次々に託宣を下して一同を震え上がらせた。やがて体を馬場まで貸せと言って走り出し、馬場から山へ白い光が飛ぶと見えたところで倒れた。その場に居合わせた和泉藤次郎の筆記が伝わり、墨蹟とともに和泉林市郎の家に残るという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。