端午の一夜を女の家と呼ぶ言い伝え
どんな伝承か
端午の節供はふつう男の子の節供とされるが、土地によっては女を主とする言い伝えがある。近松の『女殺油地獄』には、五月五日の一夜を「女の家」と呼ぶ一節があり、今もこの晩をそう呼ぶ伝承が高知県長岡郡に残る。徳島県名西郡ではこの晩を「女の夜」と呼び、神奈川県津久井郡では菖蒲と餅草を軒に挿すことを「女の屋根」という。名古屋を中心とする尾張・美濃では「女の家」「女の天下」「女の宿」「女の晩」といった言い方があり、この日だけは女のほうが上なのだと言い伝えている。
原典より
また名古屋を中心とする尾張・美濃地方では、女の家・女の天下・女の宿・女の晩というような話もあって、この日だけは女の方が高いのだというようないい伝えも残っている(高崎正秀先生、金太郎誕生譚)。—— 日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の憑きもの――俗信は今も生きている(石塚尊俊・1959年(昭和34年))
『日本の憑きもの――俗信は今も生きている』は、石塚尊俊が昭和三十四年に著した研究書である。狐・犬神・蛇などの動物霊が人に憑くという俗信と、それを操るとされる家筋について、全国の伝承と近世以来の文書を集めて論じる。出雲・隠岐・豊後・土佐では筋の家の割合や縁組の偏りを調べ、憑きもの落としの行法や家の神とのつながりまでを七章で追っている。