村中で二本だけにした鯉のぼり
どんな伝承か
五月節供の鯉のぼりを掲げる風習は江戸中期に始まり明治以降に広まったが、早くも虚礼として疎まれるようになった。千葉県長生郡睦沢村では昭和二十八年ごろから、村中でわずか二本だけを立てることにし、家々の鯉のぼりは「虚礼だから」とやめる申し合わせを実行してきたという、習俗改廃の一例である。
原典より
千葉県長生郡の睦沢村などでは昭和二八年ごろから、村中でたった二本だけ立てることにして、家々の鯉のぼりは「虚礼だから」とやめる申し合わせを実行してきている。—— 現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
現代の迷信(今野圓輔・現代教養文庫・1961年(昭和36年))
『現代の迷信』は、今野圓輔が昭和三十六年に著した、現代の俗信を一般の読者に向けて説いた読み物である。昭和三十年代の新聞・雑誌の報道や聞き書きを主な材料に、縁起かつぎ、前兆・占い・禁忌・まじない・願掛け、憑きもの落としの殺人や新興宗教の騒ぎまでを全国から拾い集めている。「現状」「過誤と真実」「その背景」「迷信論」の四部から成り、巻末に読者の問いに答える迷信身の上相談を付ける。