竹の皮を敷いた堂洞城の落城
どんな伝承か
織田信長が蜂屋の堂洞城を攻めたとき、城主の岸勘解由は知略に長けた武将で、敵が登ってきそうな山の斜面一面に竹の皮を敷き詰めた。信長の兵は足を取られて滑り落ちるばかりだったが、寄せ手が竹の皮に火を放つと炎は頂まで駆け上がり、城はまもなく落ちた。兵糧蔵も燃えて米や麦が黒焦げになり、今も城跡から炭になった焼米が出ることがあって、昔はこれを水で飲むとおこりが治るといわれた。城の近くには勘解由たちが月見の宴を開いたという八畳岩があり、槍を突き立てた穴も残る。城兵が飲んだという井戸は一年中涸れない。勘解由は落城のとき軍用金を埋め、死に際に歌を残したので、城跡のどこかに黄金が眠っているといわれる。
原典より
だから、堂洞城址のどこかに、たくさんの黄金が埋まっているのだという。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。