出陣の杯を重ねた鬼武蔵の床几石
どんな伝承か
天正十年六月、鬼武蔵と呼ばれた兼山城主の森武蔵守長可は、兵を率いて木曽川べりを下り、米田城を攻めて肥田玄蕃を敗走させ、さらに牛が鼻城を落とした。勢いに乗った長可は、加治田城と堂洞城を攻め取ろうと太田に全軍を集める。そこで彼はしばらくのあいだ、木曽川のほとりの石を床几代わりにして休み、いななく馬をかたわらの樫の木につないだまま、出陣の杯を重ねて全軍の士気を鼓舞したと伝えられる。産業文化会館の西にある小公園の石と樫の木が、そのときのものだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。