夢告で木曽川から上がった滝場観音
どんな伝承か
太田の祐泉寺は、江戸時代になるまで祐川庵といい、細目の不二庵(いまの大仙寺)に属する寺だった。高僧東陽英朝がこの庵に泊まった夜、夢に観音が現れ、木曽川の松が瀬の水底に沈む運慶作の観音像を引き上げて祀れば、水難と火難の守りになると告げた。村人が川を探すと本当に水底から像が見つかり、滝場観音と名づけて境内に堂を建てた。享保元年二月、太田に大火があって下町・中町・上町と町並みの大半が焼けたが、火の勢いはこの観音堂の所でふしぎと衰え、堂は焼け残った。霊験に驚いた村人は三年後に堂を建て直し、それが今の滝場観音堂だという。像は寺の下の渦巻く淵で光っていたとも伝わる。
原典より
そこで村人たちは川の中を探したところ、果して水底から観音像が見つかったので、「滝場観音」と名づけて境内に堂を建ててお祀りした。—— 美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
美濃加茂市史 民俗編――伝説(美濃加茂市(編)・美濃加茂市史)
『美濃加茂市史 民俗編――伝説』は、美濃加茂市の市史民俗編のうち、第一三章「俗信」と、第一四章「伝説 昔話 世間話」の総説および第二節「伝説」を収めたものである。天候・農事・人事にかかわることわざと俗信、民間療法、樹木の禁忌を挙げたうえで、伊深・蜂屋・太田・三和など市内各地区に伝わる三度栗、龍宮さまの淵、火塚、山男、かぶと淵などの伝説六十四話を記す。昔話・世間話の節は含まず、伝説の多くは題に伝承地区の名を添える。