焼け米の出る掃部長者の屋敷跡
どんな伝承か
水沢市佐倉河高山の掃部長者屋敷跡について、『安永風土記上葉場村御用書出』は、高山にあって南北八十五間、東西百六十二間の広さであったと記す。屋敷は火災によって倉なども残らず焼け落ち、その跡からは今も焼け米が所々に出土すると言われている。掃部長者は胆沢の高山に住んだ長者で、『胆沢町史』は松浦佐用姫と高山掃部の伝説に関わる遺跡の一つとしてこの屋敷跡を挙げている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。