身代り虚空蔵に救われた姫
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どんな伝承か
弘安三年、寝牛の館に人々が集まり、牲を供える年番を籤で定めた。一番は寝牛の冠者、二番は郡司義実と決まる。冠者は騒がず、十六歳の姫を八月十五日に差し出して四民を安堵させると言い、夫婦は姫と最後の言葉を交わした。姫は世の中は蓮の上の露の玉と詠んで死を覚悟する。そこへ常に信仰する虚空蔵菩薩が現れ、我を信ずる者は難を退けると告げた。当日、姫が止々井の大堤の神床で待つと大蛇が迫ったが、横嶽の方から五色の雲がたなびいて姿は消えた。尊像は館内に身代り虚空蔵として祀られたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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