深草森を見分の森と呼ぶ由来
どんな伝承か
難を免れた小夜姫は深草森に登り、四方を見分けて故郷の方を礼拝した。朝日の方には室根・東稲の山々が連なり、種山から五葉山までが霞に隠れて見える。夕日の方には栗駒・焼石・経塚山・駒形嶽が白雲を帯び、山上に駒形の社がかすかに望まれた。眼下には大蛇の住んだ止々井の大堤、松陰には止々井の大社、杉の梢の茂るあたりは胆沢宗宮高山稲荷、遥か向こうには岩鷲山が見えたという。この見分けにちなみ深草森を見分の森と呼ぶようになり、姫は化粧の場所に五間四面の堂を建てて潟岸薬師を安置した。
原典より
扱も小夜姫神明の加護により難なく害を免れければ、深草森(見分森)に登り四方を見分け、故郷の方を見渡し礼拝し、朝日に向ひ見渡せば室根・東稲諸山連り、種山より五葉山まで霞がくれに顕れ見ゆ、夕日に向ひ見渡せば、栗駒・焼石・天笠…—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史)
『胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説』は、胆沢町の町史民俗編の一冊のうち、第四章「口承・伝説」を収めたものである。第一節は松浦佐用姫と高山掃部長者の伝説を扱い、胆沢・水沢周辺の伝説地を列挙したうえで、町内に伝わる佐夜姫の本地物の写本や『南部叢書』所載の「奥州胆沢高山実伝」を翻刻する。第二節「いさわの昔話」は大蛇・狐・むじな・飢饉・戦後の怪異などの話を番号順に並べ、第三節「いろいろな昔話」へと続く。