止々井の里で尼となった姫
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どんな伝承か
小夜姫は父の菩提を弔うため胆沢に下り、大蛇の牲に供えられたが、神仏の擁護で難を免れた。仏恩報謝のため止々井の里で緑の髪を剃り落として比丘尼の姿となり、綾の衣を捨てて墨染の衣に紫竹の杖を携えた。潟岸薬師を伏し拝み、堤の潟岸諏訪明神、止々井の大社、熊野山、杉本薬師、八幡宮、高山稲荷、胆沢川瀬の社、衣川の男石・女石、荒沢・月山両神社、寝牛の館の虚空蔵、槻木八幡や新山観世音まで残らず巡拝して国土安寧を祈った。のち郡司から多くの土産と金千両を添えられ、故郷へ送られたという。
原典より
去程に小夜姫は父の菩提を弔はん為、東の端の胆沢に下り大蛇の牲に供へらると雖も、常に孝心深くして慈悲心厚き姫なれば、神明仏陀の擁護にて大難即滅身心息災の身となれば、仏恩報謝の為なりと止々井の里にて緑の髪を剃落し、比丘尼の姿…—— 胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
胆沢町史 11(民俗編4)――口承・伝説(胆沢町(編)・胆沢町史・自治体史(民俗))
岩手県胆沢町の伝説・昔話を網羅する。第一節は高山掃部長者と松浦佐用姫の物語で、薬師如来本地松浦佐夜姫誕生記、高山掃部長者竹生嶋弁財天胆沢物語、『南部叢書』所載の奥州胆沢高山実伝(高山稲荷の由来、嘉門長者の妻が嫉妬で大蛇に化し止々井の大堤に隠れて人を害し、美女を牲に供える年番が定められ、遠州小夜の中山から小夜姫が身売りして奥州に下り、牲に上るが神明仏陀の冥助で害を免れ大蛇の骨角を埋葬、潟岸薬師・諏訪明神を祀る)など複数の版と考証を収める。
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