友引で延期された霊元上皇の葬送
どんな伝承か
享保十七年八月二十七日の『宗建卿記』にこんな記事がある。二十九日に予定された霊元上皇の葬送について、ある人が、その日は未の日で泉涌寺は御所から見て巽の方角にあたり、未の日に巽へ葬るのは友引だと言い出した。六条局や大乳母らがこれを聞いて、延期すべきだと一品宮に強く申し入れた。殿下は、友引など古来沙汰がなく、今回は天文司の賀茂家が勘進しており、朝廷では陰陽道の忌みすら用いないのに妄説を用いる理由はないと答えたが、女官らが信じて延期を強いる以上、やむを得ないだろうと述べたという。本書はこれを、女官の迷信によって公式に決まった天皇の葬儀さえ延期された例とし、記事の友引は実は友曳方のことだと注する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本の俗信 1――迷信の実態(迷信調査協議会(編)・日本の俗信・1949年(昭和24年))
『日本の俗信 1――迷信の実態』は、迷信調査協議会が編み、昭和二十四年に初版を出した迷信調査の報告書で、昭和五十四年に洞史社が復刻した。文部省が昭和二十一年に企画し、全国の小学校を通じて行った慣習状況調査をもとに、暦・日の吉凶・方角・妖怪・占い・民間療法・農漁業にまつわる迷信を統計と解説で扱う。第一章を古畑正秋・今野圓輔らの分担執筆とし、第二章に昭和二十四年度調査の手引、第三章に各地の言い習わし集、第四章に天文暦法の迷信の解明を置く。