弔問さえ咎められた村八分
どんな伝承か
狐持ちとされた国三郎一門への村八分は葬儀にまで及んだ。昨年十二月、徳田屋彌一郎の父甚右衛門が死去し、故人と親しかった村方約二十名が弔問すると、年寄の幸左衛門が寄合の席で村の規約違反だと厳しく叱りつけた。彌一郎に金を借りていた忠蔵さえ、返金に行けば規約を破る恐れがあるとして訪問を拒んだ。迫害に耐えかねた一門は、村役人より上位の大庄屋へ越訴に及び、人狐祈禱の証拠提出を求められて正式な愁訴の願書を作成することになった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)(速水保孝・1953年(昭和28年)初版・1956年(昭和31年)新版)
『憑きもの持ち迷信――その歴史的考察(改訂版)』は、速水保孝が昭和二十八年に著し、昭和三十一年に書き加えて新版とした研究書である。出雲・隠岐を中心とする山陰の狐持ちなど、家筋に結びつけられた憑きもの迷信を、法務局が扱った人権事件、藩の触書や村の古文書、加茂町の世帯調査から集めている。狐持ちの家に生まれた著者の体験から説き起こし、江戸中期以降の新興地主への反感に起こりを求める。柳田国男が序を寄せている。