目を恐れられ光を奪われた藤代の久太郎
どんな伝承か
『北相馬郡誌』には、相馬藤代の百姓嘉左衛門の長女トヤが産んだ子、久太郎の話が記されている。久太郎は不思議な生まれ方をした子で、並の人よりはるかに澄んだ目を持っていた。そのため行く末が恐れられ、とうとう目の光を奪われてしまったという。著者はこれを、怪異もまた人の手によって作られてきた例として挙げている。
原典より
『北相馬郡誌』は、不思議な出生をした相馬藤代の百姓、嘉左衛門の長女トヤの子・久太郎は、常人にまさる清らかな目をもつため、将来を怖れられて失明せしめられたしだいが記されている。—— にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
にっぽん妖怪の謎(阿部正路・阿部正路・妖怪学・1992年(平成4年))
『にっぽん妖怪の謎』は、阿部正路が平成四年に著した日本の妖怪論である。神の零落した姿としての妖怪という見方から、記紀や『今昔物語集』『太平記』、西鶴や『耳袋』、鳥山石燕の画図、近代文学や漫画までを引き、鬼・天狗・河童・狐・蛇・鵼などの出現と変遷を論じる。五章に分け、魔女・妖精・吸血鬼など外国の妖怪を扱う十篇のコラムを挟み、あとがきでは秋田の将軍野に生まれ柳田国男・折口信夫の門流につながる著者の来歴を語る。