騎西の親爺橋
どんな伝承か
騎西の町場、新田から礼羽へ向かう県道が四ヶ村用水と交差するところに架かる橋を親爺橋と呼ぶ。昔の親爺橋は両側に手すりのついた立派な太鼓橋であった。橋の近くには茶屋が何軒もあり、明治三十年代になっても料理屋・飲食店・茶屋・団子屋・菓子屋・旅人宿などが立ち並び、遊芸師匠もいて、騎西町場の盛り場、一口にいえば色街であった。ほろ酔いかげんの親爺や、きれいな芸者衆に手を引かれた親爺など、浮き名を流した親爺たちがこの橋を渡り、また橋の上にたたずんだ。そこから誰言うとなく親爺橋と名づけられたのだという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
騎西町史 民俗編――伝説・昔話・妖怪(騎西町(編)・騎西町史・自治体史(民俗))
『騎西町史 民俗編』第9章所収の伝説・昔話・妖怪。埼玉県騎西町(現加須市)に伝わる口承を採録する。