池で髪を洗う姿を狐と見誤られた宮鶴
どんな伝承か
田植唄にまで名を詠み込まれた美女、野部の宮鶴の話である。夫の青木瀬太夫は三次の浅野支藩に仕える勘定役で、詩歌にも茶にも料理にも通じた男前だったが、豪放な主君には疎まれ、狩りにも遠乗りにも供を許されず、酔うたびに女々しいと罵られた。嫌気がさした瀬太夫は三十二の秋に暇を乞い、妻を連れて旅に出る。式敷にしばらく落ち着き、吉田を経て広島へ向かおうとしたが、半里も行かぬ野部で病に倒れて死んだ。残された宮鶴は生涯夫を弔った。その庵の跡は青木堤とも宮鶴池とも呼ばれ、池のほとりで毎朝髪を洗う姿を、里人が狐の化けたものと見誤ったという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
高田郡史 民俗編――伝説(高田郡(編)・高田郡史)
『高田郡史 民俗編――伝説』は、広島県高田郡の郡史の民俗編のうち、伝説の部である。吉田町・美土里町・甲田町・八千代町・高宮町・白木町などに伝わる八岐大蛇退治、毛利元就の百万一心、弘法大師のいろは石、つきものを落とすというはりいぶきの枯木などの話を、土地ごとに取り上げる。多くの話に、かつて村々から提出された「国郡志下調書出帳」の該当記事を原文のまま並べ、古い記録と今の語りとを照らし合わせている。