夢枕の祖父が告げた脾疳の治し方
どんな伝承か
四歳の喜三郎は慢性の消化不良にかかり、腹がふくれて手足がやせ細った。当時「脾疳」と呼ばれた難病で、貧しい一家には満足な治療もできなかった。看病がひと月あまり続いたある夜、祖母うのの夢に亡き祖父吉松が現れ、この病は上田家の産土神のとがめだから、すぐ小幡神社へ連れて行って詣でよと告げた。起こされた両親が喜三郎を背負い、地主の斎藤家の先にある小幡神社に参って日ごろの不信心をわびると、翌日から病は快方に向かったという。
原典より
看病が一カ月余もつづいたある晩、うのの夢に祖父の吉松が現われ、「喜三郎の病気は、上田家の産土神のおとがめであるから、すぐ小幡神社につれて行き、神に詣れ」と告げた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。