梅原伊助の倉で初めて会った両教祖
どんな伝承か
一八九八年十月八日、福島寅之助に三度目に出くわして人力車で綾部まで送ると迫られた喜三郎は、檜山に一泊して綾部に着いた。陣羽織にお歯黒、手にはバスケットとこうもり傘という異様ないでたちだった。裏町の梅原伊助の倉に置かれた大本の広前で、喜三郎は初めて出口ナオと向き合った。ナオの記録によれば、何の神かと問うと稲荷講社だと答えたので、稲荷講社では世話になれない、時節を待つと突き放したという。それでもすげないと思い直したナオは広前に二晩泊め、短い出会いで互いに強い印象を残した。のちの両教祖を結んだ最初の会見である。
原典より
喜三郎は、綾部裏町の梅原伊助の倉におかれていた大本教の広前(神前)で、はじめて出ロナオと対面した。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。