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小石川で交わした念写の一枚

所在地東京都文京区大塚
年代大正2年2月13日
登場福来友吉、高橋宮二、櫻井、福来と著者を結んだ知人の女史
出典修養と通力

どんな伝承か

大正元年の秋、著者の知人が見舞いの席で福来友吉に会い、著者が千里眼の能力者を養育していると話したことから縁が生まれた。福来は夫人を伴って訪ねてきたが、そのとき著者は朝鮮に旅行中で会えずじまいだった。大正二年二月十三日の夜七時、小石川区大塚町七十番地の私邸で二人はようやく顔を合わせる。互いに手の内を明かさぬ探り合いが続いたが、著者が懐から念写写真を一枚出して卓上に置くと、博士の表情が緩んだ。能力者が現れなければ職を辞して諸国を巡る覚悟だった、研究の余録は遺稿としてでも世に出すつもりだったと語った。

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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

修養と通力(高橋宮二(逐堂生)・大正2年(1913年)前後)

明治四十三年(1910年)から大正二年(1913年)にかけて、著者高橋宮二が体験した精神修養と霊能力(通力・千里眼)に関する記録。藤田靈齋の深呼吸修養法から始まり、日本アルプスでの深山幽谷修行を通じて、精神修養による霊能力の発現を理論化・実践化する過程を記述。御船千鶴子・長尾郁子といった著名な千里眼能力者の事例と、著者の配偶者による透視・念写能力の発現記録を中心に展開。

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