筆先を世に出した機関誌「神霊界」
どんな伝承か
一九一七年一月、綾部に移り住んだばかりの浅野和三郎を主筆兼編集長に据えて、機関誌「神霊界」が創刊された。二月号から一九二〇年九月号まで、誌面の五分の一から三分の一を割いて「神諭」が載せられた。神諭は、ナオの膨大な筆先から王仁三郎が選んで手を加え漢字を当てたもので、それまで筆先は一字一句が天啓とされて原文に手を入れることは許されず、ほとんど公にされていなかった。土に根ざした素朴で力強い言葉で社会を批判し、世の立替え立直しを訴える神諭は大きな反響を呼び、大本の予言は全国に知られるようになったという。
原典より
「神霊界」は、大本教としては最初の、一般社会に本格的によびかけた機関誌であった。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。