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雪の山道を綾部へ進んだ聖師の葬列

所在地京都府亀岡市(天恩郷)
年代昭和23(1948)
登場出口王仁三郎
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

一九四八年一月十九日の朝、出口王仁三郎は亀岡の天恩郷で七十六年余の生涯を閉じた。その日の亀岡は薄雪に覆われ、老衰による死に顔は満ち足りた安らかさをたたえていたという。招魂祭に続いてまず亀岡で葬儀が営まれ、一月三十日、柩を綾部へ移して本葬を行うことになった。王仁三郎を慕う四百人あまりの信者が、太い綱で霊柩車を曳いて徒歩の葬列を組み、雪に埋もれた丹波の険しい山道六十キロ余りを午前一時から夜通し進んで、夕刻に綾部の梅松苑へ着いた。二月二日の本葬祭ののち、遺体は綾部天王平の奥津城に葬られた。

原典より

当日の亀岡は薄雪におおわれ、老衰によるその死顔は、全生涯をひとつの事業にささげた人のみがもつ満ちたりた安らかさをたたえていたという。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))

『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。

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