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皇陵に似るとされたナオの墓

所在地京都府綾部市(天王平)
年代1920年頃(大正九)
登場出口ナオ、警察当局
出典出口王仁三郎

どんな伝承か

大本教が日刊『大正日々新聞』を買収して宣伝力を急拡大させると、当局はいよいよ圧迫を加重してきた。警察は、開祖・出口ナオの墓の墳丘の形状が皇陵に類するとして、外形の変更を強要した。墳丘を築く埋葬は古代の日本で広く行なわれ、けっして天皇・皇族に固有の形式ではなかったが、当局は外見上の類似が天皇の宗教的権威を損なうことを恐れ、ナオの墓を方形三段に変形させた。さらに墓にある『大本教祖』の文字を削るよう要求してきたため、やむなく墓標をやめて小松を植えることになった。

原典より

警察は、開祖・出ロナオの墓の形状が皇陵に類するとして、外形の変更を強要してきた。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用
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※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません

出典の文献について

出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))

『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。

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