六つの神石を徒歩で月宮殿へ
どんな伝承か
亀岡の天恩郷の建設は日ごとに進み、一九二八年十一月、王仁三郎の意匠による風変わりな外観の総石造りの神殿、月宮殿ができあがった。その神体とするため、綾部からみろく石、月昇石、日昇石、三光石、暁星石、宵星石の六つの石が運ばれることになり、王仁三郎とすみら三十六名が守りながら徒歩で亀岡まで移して、月宮殿に鎮め祀った。この年の三月には、王仁三郎が自らをみろくの化身と表明するみろく大祭が綾部で行われていた。
原典より
綾部から月宮殿の神体とするため、みろく石、月昇石、日昇石、三光石、暁星石、宵星石が、王仁三郎、すみら三十六名にまもられて、徒歩で亀岡にうつされ、月宮殿に鎮祭された。—— 出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
出口王仁三郎(村上重良・村上重良・近代民衆宗教史・1973年(昭和48年))
『出口王仁三郎』は、村上重良が昭和四十八年に著した大本教の指導者出口王仁三郎の評伝である。丹波穴太村の小作農の家に生まれた上田喜三郎の生い立ちと修行から、出口直との出会いと大本教の拡大、大正維新と不敬事件、『霊界物語』の口述や入蒙、昭和神聖会と大弾圧、法廷での闘い、晩年までをたどる。「故山の夢」「道の大本」「人類愛善」の三章に分けて叙述し、巻末に略年譜と参考文献を付す。