阿闍羅山の酋長討伐とねぷた
どんな伝承か
田村磨が遠征したとき、阿闍羅山の麓に籠った勇悍獰猛な酋長大丈丸を容易に討つことができなかった。そこで一策を案じ、佞武多を作って囃も賑やかに繰り出し、ついに賊徒を巣窟から誘い出して奇勝を得た。それがこの地方の風習として残されたのだという。祭は旧七月一日から七日までの七夕の行事で、最後に佞武多を川へ流す。そのとき呼び合う「ねぶた流れろ、まめのは止つばれ」のねぶたは夷人、まめのはは帰順した者の称だとされる。佞武多は木竹で人物や草木、禽獣の形を作り、紙を貼って彩色し、中に燈を灯して笛太鼓の囃子で運行するものである。
原典より
○伝承地 青森県津軽地方田村磨が遠征の時、阿闍羅山麓に籠った勇悍獰猛な酋長大丈丸を容易に討ち得なかった。—— 日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)) より引用地図で位置を見る
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第1巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第1巻』は、叢書『日本伝説大系』のうち北海道と青森県の伝説を収めた巻である。人間の始めやコロポックル、アイヌの神謡、岩木山一代記、おしら祭文、義経や弘法大師の事跡、狐や大蛇の話、地名や神社の由来などを、口承の資料を中心に採る。伝承地を記した例話を冒頭に置き、〔類話〕〔文献〕〔参考〕の欄で各地の類話の梗概と近世以後の文献の原文を添える編み方をとる。