鵜祭で結ばれる能登と能生
どんな伝承か
能登名跡志によれば、大国主神を祀る一宮すなわち気多神社の祭祀には石動山の衆徒が来て、隣村柳田村の岩窟にしばらく籠り、山伏の姿で法螺貝を吹く。毎年二月初午の日には神輿が出て能登生国玉の神社へ渡御し、鹿島郡鵜浦村から取った鵜を捧げる。神前で放つと鵜はひとりでに社の階を登り、戸帳の前で羽ばたいて跪く。それを捕えて海へ放てば、鵜は必ず越後の能生権現の磯へ寄り、そのとき能生権現の祭礼があるという。北島の女神が鵜の浦で一宮の神と夫婦になったが、のちに不仲となって越後の能生へ飛び去ったためだと説く。西頸城郡には能生神と柳田神があり、柳田神を沼河姫とも称する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。