米山薬師の縁起と女人禁制の峰
どんな伝承か
米山薬師如来は寺領十二石、別当を密蔵院という。山はもと五輪山と呼ばれ、越の大徳が自ら彫った薬師の尊像を頂上の薬師堂に安置して以来、国家鎮護の霊地とされたと越後名所誌にある。縁起によれば和銅五年、越智の泰澄がこの国を巡っていたときに現れた薬師如来がその本尊で、のち源義家が安倍貞任を討つ際にここへ祈願し、凱旋の後に一宇を建てて守り本尊を納めた。それが御戸薬師である。米山の名は、和銅五年に出羽の神戸清定が積む上米を沙弥が鉢を飛ばして乞い、断られて空しく戻ったところ、船の米が雁のように連なって山へ飛来したことに由来する。四方の峰には女人堂があり、そこから上は女人の登山を許さなかった。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。