白山に通った泰澄と米山の飛鉢
どんな伝承か
米山は中頸城郡鉢崎と刈羽郡鯨波の駅の間にあり、西北の山裾は海に臨む越後の霊山である。越前国麻生津の里人三上氏の子として白鳳十一年に生まれた泰澄は、幼い頃から泥で仏像を造り香華を供えて遊び、十二歳の頃は毎夜出かけて暁に帰った。父母が兄の安方に跡をつけさせると、加賀の白山の峰を平地のように駆け登り、安方は歩き疲れて見失った。泰澄はやがてその峰に住みついた。大宝二年、能登から来た沙弥は雪の中に臥すのを好んだので臥行者と名づけられた。二人は米山に来て沖を行く船へ鉢を飛ばし食を乞うたが、貢米だと断った船主清定の米俵がことごとく山へ飛び去り、詫びると再び船へ返ったという。これより米山と称する。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第3巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第3巻』所収の「文化叙事伝説」および「自然説明伝説」全65話(山形・福島・新潟)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。