玉椿の里に生まれた白比丘尼
どんな伝承か
越中では、若狭の白比丘尼は黒部の庄玉椿の生まれだとも語られてきた。黒部川の湊にはいまも玉椿というかすかな村が残るが、その昔は千軒と称された賑わいの湊であったという。この地の長が上京の折に道連れとなった侍は、越後の明光山の麓に住む三越左衛門という千年を経た狐であった。狐は亭を建てて山海の珍味をふるまったが、料理場をのぞくと人の形をしたものを調理していた。客はみなそれを懐に隠して帰り道に捨てたが、一人だけ持ち帰り、娘が土産と思って食べてしまう。その娘が長く生きて八百比丘尼と呼ばれたのだと『越中志徴』は記す。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。