青井の白玉椿で果てた若狭比丘尼
どんな伝承か
『若狭之守護代之年数並旧記』は、明徳元年、世に聞こえた若狭比丘尼が小浜の西、青井の白玉椿のあたりで死んだという説を伝える。この比丘尼は雄略天皇の御代に若州遠敷郡の鵜の瀬川のほとりに生まれ、今日まで千年に及ぶという。無病で長寿でありながら自分の年を言わなかったので、人はその寿命を知らず、八百歳になったときに八百歳だと言い出したことから八百比丘尼と呼ばれた。父は若狭の道満といい、鵜の瀬川のほとりに住んだ人で、その屋敷の跡がいまも残ると伝えている。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第6巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房)・現代(編纂)/伝承(口承))
『日本伝説大系 第6巻』所収の「文化叙事伝説」全44話(福井・富山・石川=北陸)を、各話の伝承地(市町村〜字レベル)とともに収める。