水底から現れ唱和した鬼神
どんな伝承か
配所の徒然を慰めようと、師長は宮路山へ分け入って紅葉を眺めた。十月の二十日過ぎ、梢はまばらで落葉が道を埋め、霧が山を隔てて鳥の声も幽かであった。背には松山が迫り、白石の滝が流れ、苔むした岩の上は琵琶を弾ずるにふさわしい勝地であった。師長は虎の皮を敷き、紫藤の甲の琵琶を取って絃を打ち鳴らす。妙なる調べに応じて水底から青黒い鬼神が現れ、膝拍子を打って唱和した。曲が終わると鬼神は、長い年月この水底にいたがこれほど見事な演奏は聞いたことがないと述べ、十日のうちに帰洛させようと言い残して掻き消すように失せた。はたして五日目に帰洛の奉書が下されたという。
※伝承地の場所は必ずしも正確ではありません
出典の文献について
日本伝説大系 第7巻(日本伝説大系編集委員会・日本伝説大系(みずうみ書房))
『日本伝説大系 第7巻』は、愛知・静岡・岐阜・長野の四県の伝説を集めた伝説資料集の一巻である。笠寺観音や日本武尊から天狗・山姥・八百比丘尼・夜叉ヶ池、石や池や塚の由来、白米城・一夜山まで九十七の項目を立て、口承を中心とする伝承を収める。各項目は伝承地を明記した例話を冒頭に置き、『日本伝説名彙』などの対応する題名を添えたうえで、〔類話〕〔参考〕〔文献〕を続けて近世以前の記録の原文まで示す。